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中間 <もやい通り> [道]

当ブログを初めて一年あまりが過ぎ、振り返ってみますと、洞海湾と「水」でつながった、遠賀川・堀川とその周辺地域の話題が多く占めていることに気がつきました。 そこで、新年度でもあることですし(・・・あんまり関係ないですね・・・)、タイトルを『遠賀・洞海湾通信』とすることにしました。

トピックも、少し範囲を広げて今回、ギリシャはペロポネソス半島ミケーネの「獅子の門」のご紹介からスタートです。

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獅子の門をくぐると・・・そこには、見事な枝垂桜が・・・[exclamation&question]

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おやおや[たらーっ(汗)]ここは確かギリシャでは・・・、おまけに、こんなものが[あせあせ(飛び散る汗)]突然・・・

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並んでますねー[目] モアイ像[ちっ(怒った顔)][exclamation]  さらにのどかな風景が続きます[かわいい]

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春ですねー! 実はここ、中間の「もやい通り」。 かつての国鉄香月線の廃線跡地を利用して、緑地公園となっています。名づけて『屋根のない博物館』。 レプリカですが世界中の石造彫刻の有名どころがずらり、昔の大辻炭鉱や香月線をご存知の世代には、感慨深いものがあるのではと思います。

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近所の人たちが、通勤・通学・お散歩・・・そして、熱心に花の撮影など、思い思いに空間を「もやい」にしています。 いわゆる観光名所というふうに肩肘張らずに、日常空間で世界の石の名所を一巡りできる、楽しい仕掛けとなっています。

余談ですが、日本の「狛犬」の起源は冒頭にご紹介したような「獅子」だという説があります。 エジプトのピラミッドを守るスフィンクスもそうですね。 言われてみるとミケーネの獅子もお互いに向き合って、神聖な空間に入るゲートで悪霊を通せんぼする門番として頑張っています。 ミケーネの獅子のゲートが造られたのは、紀元前1600年~1300年と言われていますので、大雑把に3000年くらい前から、東西の文化は「もやい」の部分を持っていた、ということになりますね。 狛犬はいつごろからあるのでしょうか。 実際に日本人が獅子(ライオン)を見たのは、幕末だそうです。 ひょっとして、象が通ったようにライオンも、この近くの長崎街道を通ったかもしれません。

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洋の東西、地方と国、過去と現在、石炭と石油、異種の文化、世代、大人と子供、人と車・・・、ありとあらゆる対立軸を、「もやう」という共有の思想で考えてゆかなければならないのが現代だと思います。

撮影:L.T. 2008年4月 <6枚とも>


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コメント 12

keykun

おはようございます。^^
桜咲くペロポネソス半島。^^)
春爛漫の始まりですね。世界は繋がっている。
そして近代の文化は長崎・福岡を経由し、伝搬された。^^)V
歴史街道そのもののように思います。
by keykun (2008-04-06 08:05) 

二つ目草

『屋根のない博物館』はまだ行ったことがありませんが、
狛犬の起源をこんな形で観ることができるとは。

タイトルに遠賀が付きましたね!
やはり北九州・筑豊の成り立ちに遠賀川は欠かせませんね。
これからも遠賀・洞海湾を通じ、時空を超えて
ますます広がる話題を楽しみにしています。

by 二つ目草 (2008-04-06 09:22) 

赤か毛

keykunさん、こんばんは。
ほんとに、思ったより日本は・・・
もっと言いますと、日本の地方都市は、
古くから世界とつながって来たのではないかと言う思いがあります。
なんだか現代は、いつも東京経由でしか世界とつながって行かないのではないか
というような思い込みがあるような気がしてなりません。
その錯覚は、まるで地方が東京より劣っているような錯覚に
つながっているようにも思えてきます。
by 赤か毛 (2008-04-06 21:04) 

赤か毛

二つ目草さん、こんばんは。
そうなんです。とうとう「遠賀」をつけました。
やはり「水の回廊」とでも言うべき遠賀川と洞海湾のつながりは密接で
切り離すには難しいようです。
それに、二つ目さんのおっしゃるように、筑豊を語るのに遠賀川抜きでは
それこそ「話」になりませんね(^o^ゞ
今後ともよろしくお願いします。
by 赤か毛 (2008-04-06 21:27) 

caramelpapa

それで、筑豊線と平行しているような通りなのですね。
香月線とは気付きませんでした。

私は、「遠賀"川"・洞海湾通信」のほうが、しっくりきます。
  
by caramelpapa (2008-04-07 20:50) 

つぼっち

廃線跡にこのような彫刻があるところが、感慨深いですね。
by つぼっち (2008-04-07 21:17) 

赤か毛

caramelpapaさん、香月線が筑豊本線と分かれていた部分だったようです。
by 赤か毛 (2008-04-07 21:27) 

赤か毛

つぼっちさん、こんばんは。
筑豊地方では、炭鉱が栄えたとき、各炭鉱が自費で轢いた鉄道がたくさんあったようで、それが国鉄に受け継がれたものもありました。
石油に主導権が移っていって、採算が取れなくなり廃線となった路線を間近に見てきました。
石炭を運ばなくても通学や買い物に利用するようになっていた地元の人たちも廃線当時は困られたと思います。
小さな子供たちに「まえは、ここに線路があったんよ」と伝えておられる方々も多いのではと想像しています。
by 赤か毛 (2008-04-07 21:34) 

嫁

リニューアルですね。
偶然ですが、先日子供達の付き添いで遠賀川の運動公園に行ってまいりました。練習試合に必至になる子供達を尻目に、母親達は揃って「お花見」気分100%………キレイでした。

ところで、遠賀川くらい大きな川だと、海の満ち引きでかなり水位が違いますね。桜のキレイさと同じくらい驚きました。
by (2008-04-07 22:25) 

赤か毛

嫁さん、こんばんは。
リニューアルとは言いがたい、単なるリネームですが、遠賀という言葉を入れるだけで、ちょっと親しめる範囲が広がりました。
遠賀川は、昔は遠賀湾でしたから、潮の満ち引きがダイレクトにあるのもうなずけます。
http://chikuho-doukai.blog.so-net.ne.jp/2007-01-28
天井川である遠賀川は、いまでも、堤防を取り除くと、遠賀平野の広い範囲が水域になるのではないでしょうか。
by 赤か毛 (2008-04-09 00:20) 

wanwanmaru

中間の屋根のない博物館、以前から気になっていました。
面白そうでもあり、つまらないかも知れないし・・。

でも写真を見て「やっぱり行ってみよう!」と思いました。
筑豊本線の電車に揺られて行くのも一興かな・・。

ブログタイトルも少しスケールが大きくなりましたね。(^^)

by wanwanmaru (2008-04-11 22:34) 

赤か毛

wanwanmaruさん、こんばんは!
う~ん、本文にも書きましたけど、遠くからわざわざ訪れる「観光名所」とは違った、毎日通る日常空間にある面白さと言う風に考えていただけると良いかなと思います。
門司からいらっしゃるようでしたら、今、埴生公園の桜が真っ盛り!
こちらと抱き合わせで、楽しまれたらいかがでしょうか!?

いつも、ご訪問とあったかいコメントありがとうございますm(_._)m
by 赤か毛 (2008-04-11 23:47) 

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